レポート

2012年

12月

03日

第四回 文化芸術まちづくりゼミ レポート

第四回文化芸術まちづくりゼミは、講師にせんだいメディアテーク 企画・活動支援室 室長の甲斐賢治さんをお招きし、1027日と28日の2日間にわたってマストホールにて行いました。

テーマは「いまを残そう その方法と仕組み」です。甲斐さんはせんだいメディアテークで「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を立ち上げ、運営しています。市民参加型で行う震災の記録(アーカイブ)のプロジェクトです。

http://recorder311.smt.jp/

 

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2012年

11月

16日

監修者レポートコラム 【文化的な場づくり コミュニケーションのバリエーション】

8月25日ー26日。二日間にわたり開校したひょっこりひょうたん塾の文化芸術まちづくりゼミ第二回。少しずつ町民の方の参加も増え、初日は曇りのち雨天ではあったが、復興ツーリズム、そして二日目は晴天の中、赤浜小学校体育館で座学を展開した。講師は毎日新聞学芸部記者の手塚さや香さん、そして現地ゲストとして大槌STANDING STANDING(以下、STANDING×2)の方々をお招きして展開。本稿では主に、二日目に焦点を当ててお伝えする。(語られた内容詳細は事務局のレポートを参照していただくとし、ここでは本事業の監修者という立場での考えを述べる  )

 

手塚さんをお招きしたのにはいくかの理由があり、ひとつには彼女がかつて岩手県盛岡支局に勤務していたことで、東北との繋がりを強く持っているということ。そして今回の本塾のテーマである「文化芸術でまちづくりをする」ということに関して、記者として少なからず各地事例を取材されてきた経験があること。そしてその延長線上に、今回、東北の被災地での住民に対する聞き書きを行ってきたこと。被災地の現状に丁寧に寄り添いながらも、一見、復興という目的からすれば捕らえ所のなさそうな「文化芸術」という関心事項をどのようにそこに絡めて考えることができるか。まさに塾の取り組みに並走してくれるようなゲストだと考えたのだ。彼女は、主に過疎化した村々や島々で行われる芸術祭での制作プロセスに焦点をあてた事例を紹介してくれた。例えば、新潟県の「越後妻有トリエンナーレ」や瀬戸内海の「瀬戸内国際芸術祭」など。その地域独自の生活や風土を資源として再発見する。その視点としてアーティストの活動や作品が展開される。回を重ねるごとに地元住民と外部からやってきたアーティストやボランティアたちが徐々に交流を深め、地域に新しい価値観、あるいは古いと思われてたが違った視点で意味を吹き返された価値観が生まれていく。そしてある人は長期に渡り滞在し、またある人はこの地を気に入り移転してきたり。こういった文化芸術におけるプロジェクトは、時として、社会的にマイノリティとして生きてきた人々とも価値を交換しあうことがある。例えば瀬戸内の大島に住む元ハンセン病患者たちとの取り組みなどがあてはまるが、手塚さんが紹介した事例に限らず、肢体や知的、精神に障害のある人々との作品制作を通じたコミュニティ形成、何かしらの事情で社会的に就労が困難な若い人や、野宿生活者との語り合いの場づくりなど、まさに全国各地で、一見、「これも文化芸術を介した取り組みなの?!」と思われるようなプロジェクトが展開されている。芸術祭というものは、絵画や彫刻や建築など、目に見えて「ああ、これはアートだなあ」とわかるものが多いが、しかしもっと目に見えない、まさに「人と人との多様で創造的な関わり方」「こんな風に色んな人と話をして、繋がることができるんだ!」といった、そのコミュニケーションのバリエーション自体が問われることも、彼女の紹介した事例や本塾で少しずつ伝えていきたい「文化芸術」の重要な役割だと考えている。

 

話は変わって、現地ゲストのSTANDING×2さんには代表の岡野茂雄さんを中心に、6月に開催された「おおつちありがとうロックフェスティバル」のふりかえりをしていただいた。地元の30代半ばを中心としたメンバーで結成された団体(いや、彼らは団体ではなく、自らを「軍団」だと言っている。)震災前から漁業や林業、会社務めなど、各々がこの町で仕事をしてきた。皆子どもの頃からの強い結びつきをもった仲間たち。そして彼らのこれまでの人生を支え続けてきたのが「ロック」だった。若者人口が加速的に減っていく自分たちの町をなんとかしたい。しかし自分たちで何をやったらいいかわからず時間だけが経過していく。そして仲間たちとロックを聴きながら、好きなミュージシャンに想いを馳せる日々。そんな彼らがこの町を舞台に動き出したきっかけは震災だった。地元で一番早くに立ち上がった復興団体「おらが大槌夢広場」のメンバーとなり食堂を立ち上げたり、全国からの支援をえるためにミュージシャンからの呼びかけ交渉を行ったり、子どもたちにサッカーコートを準備したり、倒産した漁協の立て直しに奔走したり。そして、今回の大規模なロックフェスの開催にまでこぎつける。STANDING×2を動かしているのは「自分の町のことは、自分たちでなんとかしていく」という考えだ。そしてこの町で生活していきたいと思うひとたち、さらに自分たちの子どもの世代が笑顔で「大槌にこれからも住みたい」と思えること。こういう土壌を、外の人の助けも借りながら、ロックという文化的な場づくりをひとまず成し遂げてみた。実際はいわゆるロックだけでなく、郷土芸能や子どもたちの演劇公演や花火なども含めた、幅広い嗜好や世代に訴えかけるフェスティバルとなった。

 

今回、手塚さんとSTANDING×2に共に語ってもらう中で、岡野さんが「僕らは(手塚さんが紹介してくれた)こういう取り組み好きですよ。意味がわからないってことってワクワクする」と言ってくれたことは企画した立場として素直に嬉しかった。そう、「何かわからないものを楽しむ」という発想が、ポジティブに町を考えるひとつのきっかけになればいいというのはまさに感じるところ。ただ、事態はもちろんそんなに簡単ではない。ここで生活をする多くの人たちがまだまだ「それどころではない」のだから。ロックフェスに関しても「町民の参加が思ったより少なかった」とSTANDING×2。地元に「こんな時にロックフェスなんて」という声がないわけでもないだろう。(実際、町民の参加者から、「そのような意見が町にみられるけど、私は大事だと思う」という応援と感謝の声も出た)しかし、彼らはロックを通じて文化の幅を広げ、町民が様々な立場で復興に関われるような糊しろを生み出し、徐々により多くの人に支持され、町民自らが自発的に動いて、外の人たちにこれからも継続的に来てもらえるように、感謝を伝える。そういったことを地道に続けていくことだろう。手塚さんの紹介された事例も交えることで、より広い視点で、復興に関わる手法のバリエーションを創造的に増やしていくことを念頭に置きつつ、淡々と地道に、本塾も進めていくことにしたい。

 

文:アサダワタル(ひょっこりひょうたん塾 監修担当・モデレーター)

2012年

11月

01日

『野点in大槌』ありがとうございました!

 大槌にて開催した野点企画。実現に至ったことが、まだまだ感慨深く感じられます。約7ヶ月間の準備期間と当日に携わった〈谷中のおかって〉より、野点の本番やその前後の様子の報告をさせて頂きたいと思います。9月中旬から多方面に連絡をかけながら開催に向けて準備し、きむらとしろうじんじんさんが大槌に到着してからはいよいよ本番期間!ということで、緊張と胸躍る気持ちが押し寄せつつ。
 
 まず9月26日は、当日スタッフへ向けた体験説明会を開催しました。きらり駅前のスペースにて実施。この日は、東京からの学生も助っ人として大槌に来てくださりました。午前8時頃から、コアメンバーと東京からの学生とともに設営を始め、9時頃から当日スタッフとしてお手伝いしてくださる方々がいらっしゃり、じんじんさんの説明を聞きながら、当日さながらの準備を一つ一つおこなっていきました。最初の大作業は、大テント張り。野点にとって、雨は大敵です。ということで、万が一雨が降ってきてしまっても、慌てず対応できるよう、テントの貼り方も複数の人で手順を確認しながら、協力し合って立てました。

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2012年

10月

01日

第三回 文化芸術まちづくりゼミ レポート

第三回文化芸術まちづくりは、講師にNOSIGNERの太刀川英輔さんをお招きし、2日間にわたって開催しました。今回のテーマは「世界に発信できる大槌ブランドを考える」。デザイナーとして様々な地場産業を見つめ直し、地域ブランドの発信を行ってきた太刀川さんと、地域資源を再発見するツアー、大槌ブランドを考える交流ワークショップを行いました。

 

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2012年

9月

01日

第二回文化芸術まちづくりゼミ レポート

8月25・26日の二日間、文化芸術まちづくりゼミを開催しました。

 

今回は第一回とプログラムを変更し、1日目に復興ツーリズムを行いました。

 

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2012年

8月

31日

監修者レポートコラム 【塾の船出 土の人と風の人 そしてその間の人】

 6月9日-10日。半年間、構想と準備を重ねてきた「ひょっこりひょうたん塾」がようやく幕を開けた。 講師は、長野県の小布施町で、コミュニティの交わりを重視した全国でも例のない図書館を作り上げて来た「まちとしょテラソ」の館長、花井裕一郎さん。そして現地のゲストとして、朝日新聞記者の東野真和さんをお招きし、「文化芸術によるまちづくり」の事例紹介から、そもそも「文化芸術によるまちづくり」とは何をどのように目指していくことなのか、町内外の人々と語り合った。 語られた内容詳細は事務局のレポート(前半)と(後半)を参照していただくとし、ここでは本事業の監修者という立場での考えを述べていきたい。  

 

 まず第一回目に、花井さんをお招きしたのは、それなりの理由があった。「文化芸術によるまちづくり」といったテーマを語る時に、そもそも「文化芸術」というものに対するイメージが個々人によってかなり異なったものである時、共通の話題対象として「比較的目に見えやすいもの」を選択することから始めようと思っていた。なおかつ日常生活に近いものであれば、より多くの人が実感を持ちやすい。その最たるもののひとつに「図書館」がある。美術館や博物館などに比べて、図書館はおそらく人々にとって馴染みが深いものだろう。とりわけ大槌町では、この塾の立ち上げの中心メンバーでもあった町役場 生涯学習課長の佐々木健さんが図書館の館長であったり。本があってひとりで学べる場、というよりは、人が集い、語り合える場として、コミュニティ生成の役割を存分に携えた図書館を、今後の復興計画に盛り込んでいくことも想定した際に、花井さんの取り組みは震災後一年三ヶ月たった時点で紹介されていても、決して早すぎるわけではないだろうと考えたのだ。  

 

 花井氏のプレゼンが終了した後に、僕からいくつか質問をさせてもらった。大きく3つ。

ひとつは「このような斬新な図書館を作るにあたって、どのようにして町民の合意形成をとったのか」

ひとつは「図書館がハコモノとしてあるだけでなく、町の地域資源を再編集するようなアーカイブを立ち上げていったときの心がけ」

そしてもうひとつは「図書館が町内と町外の人をつなぐハブになっているとことに対する心がけ」  

 

 どれも町民の方との深いコミュニケーションがないと成立しないような取り組みであり、そのコミュニケーションのプロセスが有り様を違う角度から伺ったものだ。また、そこに特効薬的な仕掛けはなく、ベースにある考えは「ひとりひとり、ひとつひとつの町民(場合によっては町外の人も含めて)の意見を丁寧に聞いていくしかない」。花井さんは、本当によく人に会っている。朝の通勤路の挨拶やラジオ出演などで、町民の方には名物館長として認知されてきた。それを自分だけでなく、図書館スタッフ全員に求め、図書館の事業と直接関係があろうとなかろうと、町の様々な行事や掃除や会合にスタッフ共々出張っていく。そこでのキーマンに対する敬意と配慮は必ず忘れない。そしてきっちりそのプロセスを記録に収め、図書館の、ひいては町の資源にしていく。また同時に、外にもアンテナを向ける。元々、花井さんご自身は小布施町出身でもまた長野県出身でもない。映像作家としての仕事が主だった頃に、この町に訪れ、この町に惚れ込み、この町に移り住むことを決意したいわゆる「Iターン」の人材だ。それゆえに、彼は、「土の人」(その土地に根付いている人。多くは古くからの住人)と「風の人」(旅人のように、外からやってきてその土地に関わっていく人)の間を担って、町外のネットワークをうまく、この土地に絡めて、より文化的で豊かなコミュニティを育んでいく橋渡しをしている。元々、いわゆる「旦那衆」の多い、粋で文化的な気質の小布施に、さらに新しい流れが生まれていく。こういった話を聞くと、一見スタイリッシュでクリエイティブな取り組みに見えるまちとしょテラソも、ある意味では「ドブ板」的(悪い意味ではなく)な地道な縁の紡ぎ合わせから成り立っていることがよくわかる。  

 

 その後、前述した生涯学習課課長兼図書館館長の佐々木健氏による「大槌学」を挟みつつ、後半のディスカッションへ。震災直後からずっとこの町に住み込みで取材・発信を続けてきた朝日新聞記者の東野さんを交えた。まず彼は「今日は町外の人の方が多いみたいですが、皆さん、どういった関心で来られているのか、自己紹介を兼ねて教えてもらえませんか?」と、全員にマイクをまわす。そう。実はこの日の参加者の4分の3程は町外の方だったのではないか。長野から大槌町に復興支援で来ているNPOの方、気仙沼で活動をされている役場の方、関東や関西でまちづくりを学ぶ大学生、宮古市で活動されている方など。そこに数人、それもかなり地元ではアクティブな活動をしている元 町議会議員や、地元のNPOの方々。会場である安渡小学校体育館の周りにはたくさんの仮設住宅が建ち並んではいるが、そこからたまたま興味を持ってやってこられた参加者は一人もいなかった。今回の反省でもあり、そして改めて、よそ者から始まった取り組み、かつ「文化芸術」という切り口の取り組みに対する現状の反応を確認した。もちろん広報不足であったり、まだまだ初回だからなど色々理由は考えられるが、とにもかくにも、この「地元の人が来ない」という事実からも色んな議論を広げることができるだろう。  

 

 東野さんファシリテートのもと、議論の軸はまさにそこへと向かった。東野さん曰く「元々大槌町はよそものが少ないところ。そこに外部の人が入って新しいものを作っていこうとしているので、今こういう会合があってもなかなか町民の方が来ない。決して町の人たちのやる気がない訳ではなく、どういうことをすれば良いかわからないような状況が続いている」とのこと。しかし同時に「大槌で生活をするようになって、町民の方は本当にキャラクターが濃いということに気付いた。一番の資源は“人”。みんなで協力できるようになればすごい町になるんじゃないか」とも。その中で、先ほどの花井さんの事例も引き取りながら、ではよそ者がこの町でどのように振る舞うべきなのかという議論に立ち入った。議論であがった意見に合わせて、僕自身の考えも加筆すると、やはりこの震災をきっかけにUターンしてきた若い世代の方々(20代後半~40代くらいまで)の活躍が本当に鍵になると思う。彼らは元来、「土の人」ではあるが、「風の人」とのパイプも合わせ持っている。パイプだけでなく、「感覚」も。例えば、ひょっこりひょうたん塾としては、手前味噌になるが、事務局の元持幸子さんなどはその最たる例であり、彼女が震災前まで国際協力の仕事をしていた経験や感覚を、これからこの土地の復興に生かしていく上で、実に貴重な人材だと思う。また、おらが大槌夢広場 代表の阿部敬一さんの国内における支援ネットワークなども実に充実していると感じる。そういった方がいながら、その方々の親世代として真の「土の人」としてやってきた人々と、そして数年単位でやや「土の人」に突っこんだ形で「風の人」として生きていく、つまりその土地で何かしらの責任ある任務を引き受ける、まさに小布施町でいう花井さんのような存在が繋がっていき、新たなコミュニティが生まれていく。また東野さんの発言にもあった通り、これから高校を卒業して一旦大槌を離れて、そしてまた今後大槌に帰って活動をしようと考えている若い人の存在も、中長期的な復興(その後に開催された第二回の塾で、地元でロックフェスを立ち上げているStanding×Standingの岡野さん曰く「復興は終わらない。ずっと続いてく」)を考えていった時に、とっても貴重な人たちだ。  

 

 さて、 第一回の冒頭では、碇川町長から、そして最後には産業振興を担当する高橋副町長からもご挨拶をいただいた。この取り組みはまだ、町として正式な事業になった段階ではない。(その後、8月に新たに総合政策課が立ち上がり、正式に町の事業となった)にも関わらず町の復興を考えるひとつの対話の場として、この塾についての想いを話してくださったことに、改めて謝辞を述べたい。そしてもちろん花井さん、東野さん、佐々木さん、参加されたすべての方々へ。まずは決してすべてがうまく運んだ船出ではなかったかもしれないが、課題も明確に見え、もっと多くの人に「使ってもらえる」塾へと発展させていきたいと強く感じた。  

 

文:アサダワタル(ひょっこりひょうたん塾 監修担当・モデレーター)

 

2012年

7月

25日

きむらとしろうじんじん『野点』7月セミナー:多彩な方々と開催場所の絞り込み!

6月にプレセミナーの様子を投稿いたしました〈谷中のおかって〉より、7月セミナーの報告をさせて頂きます。7月15日(日)と16日(月)のセミナーには、前回にもきて頂いた参加者のみならず、新しく様々な方々にも参加頂きました。そのことによって、色々な意見を交えながら、充実したセミナーを送ることができました。梅雨の真っ最中でしたが大雨に見舞われることなく、天候にも後押しされながら開催した今回のセミナー。その風景を写真を交えながら、お伝えします!

 

セミナー1日目の7月15日。

新しい参加者もいらっしゃったので、まずは野点企画の説明をじんじんさんより説明して頂きました。その後、「どのような場所や風景に野点を置いてみたいか」ということを、皆で想像を膨らませながら、意見をだしあいました。

 

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2012年

6月

23日

第一回文化芸術まちづくりゼミ レポート(後半)

6月9日第一回文化芸術まちづくりゼミのレポート、後半は大槌町役場生涯学習課課長兼図書館館長の佐々木健氏による「大槌学」から始めます。

 

大槌の魅力がみっちりと詰まった30分間になりました。

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2012年

6月

22日

第一回文化芸術まちづくりゼミ レポート(前半)

2012年6月9・10日の2日間、第一回文化芸術まちづくりゼミを開催しました。

 

第一回は、講師としてまちとしょテラソ館長の花井裕一郎氏、現地ゲストとして朝日新聞記者の東野真和氏をお招きし、様々な話が展開されました。

 

一日目の9日の講座の会場は安渡小学校体育館です。

 

はじめの開会宣言として、お忙しい中、碇川町長にお越し頂き、ご挨拶をお願いしました。

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2012年

6月

18日

きむらとしろうじんじんの『野点』in大槌 プレセミナーを開催しました!

「ひょうたん塾」のフィールドワーク演習として、きむらとしろうじんじんの『野点』のコーディネートをしている<谷中のおかって>より6月3日、4日に開催されたプレセミナーのレポートをさせていただきます。

 

まずは少し自己紹介をさせていただくと、

<谷中のおかって>は、東京の下町、谷中界隈を中心にアートイベントの企画・運営、コーディネートなどをおこなっている一般社団法人です。一昨年から谷中にて『野点』を主催したことがあるご縁で、今回の大槌町での開催に携わらせていただくことになりました。

 

きむらとしろうじんじんの『野点』は、陶芸釜・素焼きのお茶碗・うわぐすりなど陶芸道具一式をリヤカーに積んで、さまざまな場所で焼物づくりとお抹茶を楽しむ“陶芸お抹茶屋台”です。『野点』では、開催する場所やかかわる人によって、その土地、その時、出会った人とのご縁ならではのお茶会の場がまちにひらかれます。

 

ひょうたん塾のフィールドワーク演習では、『野点』の秋の本番に向けて、大槌町内外の方々とともにまちをめぐりながら、「まちのどこで開催しようか」、「どのようなお茶会の風景を思い描こうか」、「どのような方に来てもらおうか」などを参加者の方々と相談しながら、ささやかな憩いの場をひらく試みです。6月の今回は、全4クールに分けて実施されるフィールドワーク演習のプレ企画として、主に大槌町の方々を対象に実施しました。

 

プレセミナー1日目の6月3日。

まず、『野点』の企画説明をおこない、参加者とともに開催場所に対する意見交換をおこないました。この日は、説明会の会場となった大念寺さんのお近くにお住まいだった方や、桜木町の方などがご参加くださいました。


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2012年

6月

02日

開講に際して

3.11で被災したまちの復興において、文化芸術に何ができるか。

多くのアーティスト、クリエイターがこの問いを抱えながら、この一年と三ヶ月ほどの月日を過ごし、様々な思考、実践を繰り返し、各地に入っていったと思う。

 

僕の場合も、震災後の半年間は直接現地に訪れることができず、正直に言えば、日常的な創作の延長線上で、自分のしていることがどこかの誰かに回り回って伝わって、それで縁に導かれていくことを待っていた気もする。

 

2011年の12月に初めて、森司さん(東京文化発信プロジェクト ディレクター)から声をもらい、訪れた先は、ようやく瓦礫の処理が終わったばかりの、一見したところまちの体をほぼすべて失ってしまっている状態の岩手県上閉伊郡大槌町だった。同地で復興食堂を立ち上げている地元の方々や、青年会の方々、役場の復興のキーマン、老舗のまちづくり団体の方々などの前で、「文化芸術という視点から、復興におけるまちづくり、コミュニティのあり方を考える」ことをテーマに自分のこれまでの活動をお話しした。公民館に臨時的に集められている、被災を免れた書物群に囲まれた部屋で、プロジェクターの高さを調整するためにすぐ近くにある本を手に取った、それをプロジェクターの下に敷こうとして覗き込むと、なんとその本が偶然、井上ひさし氏の『吉里吉里人』だったことはすごく印象深い。

 

「住み開き」をはじめ、各地で重ねて来たコミュニティに関わるプロジェクトの話をひととおりする中で、不安がつのっていく。「僕の話はここではどのように受け取られるのか、受け入れられているのか」と。しかし話が進むにつれ、単にイベントをするとか、祭りをするとかそういうことでなく、その前や先に何かコミュニティが生まれてくることの重要性みたいなものを、ひしひしと感じて下さった方々が現れ、徐々に応答が盛り上がっていった。そして大槌町 生涯学習課長の佐々木健さんをはじめ、この地に、このような勉強会を繰り返しながら、復興計画にソフト的な、文化芸術的な視点を埋め込みながら、大槌町の未来を走りながら考え、考えながら走り、作り続けていく塾を立ち上げるという話になった。

 

名前は「ひょっこりひょうたん塾」。

大槌町にゆかりの深い、かの井上ひさし氏が編み出したひょっこりひょうたん島のモデルは、同地の蓬萊島から来ていると言われている。「だけどぼくらはくじけない」の精神をもって、奇想天外の発想を交えながら困難を乗り越えていく、その創造性と実効性。それを獲得するための人材を、町内外問わず、Iターンも含めてこのこのまちに生み出していく。

運営母体は、この話の大元を構想し、大槌町と話し合いを続けて来た、東京文化発信プロジェクト室を管轄する東京都・東京歴史文化財団、中間支援NPO いわて連携復興センター、そして大槌町。

この12月以降、僕はこの塾を正式に立ち上げるための運営スキームの構築、塾のプログラム監修責任を担うこととなった。

 

毎月数日、現地に訪れ、関係各位が夜な夜な議論をする。事務局として大阪から来てもらった安川雄基くん(アトリエカフエ)や、現地事務局員として駆け回る阿部智子さん、そしてケースバイケースで、地元の方々に塾の構想を説明しつつ、アドバイスを貰いながら進めて来たが、これがなかなかまとまらない。まず関係者の中でこの塾の目指すべき目標や立ち位置に対する認識が違う。少し抽象的かつ専門的になるが、このプロジェクトは文化芸術的な視点を持ちつつ、まちでプロジェクトを作っていける人材を作り上げるためのプロジェクトであり、まちで何かプロジェクトを直接いますぐ立ち上げることそのものを目的としておらず、その前段階を担うべきものだ。だからいわゆるイベントや祭りをするのとは大きく違う。座学や議論を中心にしつつも、プロジェクトマネジメントのより実践的なパイロットワークとして、きむらとしろうじんじん氏(アーティスト)の「野点」などのプログラムも展開されている。だから、正直とても地味でわかりづらい取り組みなんだけど、そこでしっかり学びながら議論をすること自体が、中長期的には、きっと大槌の未来を創造的に語る種となってゆくだろうという確信がある。その確信だけは、これまでの議論の積み重ねから強くなっていき、少しずつではあるが、町内外の様々な人たちがこのプロジェクトに関わりを深めていってるのだ。

 

とにもかくにも、まずは大槌町に来ていただき、地元の様々な声(もちろん、「こんな時に文化芸術なんて」や「そもそも文化芸術に興味なんてない」といった声も多数あるのでそこも含めて)を聞き、自らの頭で復興でいま、この地でいま、何が必要なのか考える機会としてこの塾を活用してほしいんです。本当に小さな取り組みからですが、ぜひ皆さんの関心がこれから先も、目に見える復興が終わったそのあとも、新たな回路でもって繋がり続けるように。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

2012年6月8日 日常編集家 アサダワタル

 

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