監修者レポートコラム 【塾の船出 土の人と風の人 そしてその間の人】

 6月9日-10日。半年間、構想と準備を重ねてきた「ひょっこりひょうたん塾」がようやく幕を開けた。 講師は、長野県の小布施町で、コミュニティの交わりを重視した全国でも例のない図書館を作り上げて来た「まちとしょテラソ」の館長、花井裕一郎さん。そして現地のゲストとして、朝日新聞記者の東野真和さんをお招きし、「文化芸術によるまちづくり」の事例紹介から、そもそも「文化芸術によるまちづくり」とは何をどのように目指していくことなのか、町内外の人々と語り合った。 語られた内容詳細は事務局のレポート(前半)と(後半)を参照していただくとし、ここでは本事業の監修者という立場での考えを述べていきたい。  

 

 まず第一回目に、花井さんをお招きしたのは、それなりの理由があった。「文化芸術によるまちづくり」といったテーマを語る時に、そもそも「文化芸術」というものに対するイメージが個々人によってかなり異なったものである時、共通の話題対象として「比較的目に見えやすいもの」を選択することから始めようと思っていた。なおかつ日常生活に近いものであれば、より多くの人が実感を持ちやすい。その最たるもののひとつに「図書館」がある。美術館や博物館などに比べて、図書館はおそらく人々にとって馴染みが深いものだろう。とりわけ大槌町では、この塾の立ち上げの中心メンバーでもあった町役場 生涯学習課長の佐々木健さんが図書館の館長であったり。本があってひとりで学べる場、というよりは、人が集い、語り合える場として、コミュニティ生成の役割を存分に携えた図書館を、今後の復興計画に盛り込んでいくことも想定した際に、花井さんの取り組みは震災後一年三ヶ月たった時点で紹介されていても、決して早すぎるわけではないだろうと考えたのだ。  

 

 花井氏のプレゼンが終了した後に、僕からいくつか質問をさせてもらった。大きく3つ。

ひとつは「このような斬新な図書館を作るにあたって、どのようにして町民の合意形成をとったのか」

ひとつは「図書館がハコモノとしてあるだけでなく、町の地域資源を再編集するようなアーカイブを立ち上げていったときの心がけ」

そしてもうひとつは「図書館が町内と町外の人をつなぐハブになっているとことに対する心がけ」  

 

 どれも町民の方との深いコミュニケーションがないと成立しないような取り組みであり、そのコミュニケーションのプロセスが有り様を違う角度から伺ったものだ。また、そこに特効薬的な仕掛けはなく、ベースにある考えは「ひとりひとり、ひとつひとつの町民(場合によっては町外の人も含めて)の意見を丁寧に聞いていくしかない」。花井さんは、本当によく人に会っている。朝の通勤路の挨拶やラジオ出演などで、町民の方には名物館長として認知されてきた。それを自分だけでなく、図書館スタッフ全員に求め、図書館の事業と直接関係があろうとなかろうと、町の様々な行事や掃除や会合にスタッフ共々出張っていく。そこでのキーマンに対する敬意と配慮は必ず忘れない。そしてきっちりそのプロセスを記録に収め、図書館の、ひいては町の資源にしていく。また同時に、外にもアンテナを向ける。元々、花井さんご自身は小布施町出身でもまた長野県出身でもない。映像作家としての仕事が主だった頃に、この町に訪れ、この町に惚れ込み、この町に移り住むことを決意したいわゆる「Iターン」の人材だ。それゆえに、彼は、「土の人」(その土地に根付いている人。多くは古くからの住人)と「風の人」(旅人のように、外からやってきてその土地に関わっていく人)の間を担って、町外のネットワークをうまく、この土地に絡めて、より文化的で豊かなコミュニティを育んでいく橋渡しをしている。元々、いわゆる「旦那衆」の多い、粋で文化的な気質の小布施に、さらに新しい流れが生まれていく。こういった話を聞くと、一見スタイリッシュでクリエイティブな取り組みに見えるまちとしょテラソも、ある意味では「ドブ板」的(悪い意味ではなく)な地道な縁の紡ぎ合わせから成り立っていることがよくわかる。  

 

 その後、前述した生涯学習課課長兼図書館館長の佐々木健氏による「大槌学」を挟みつつ、後半のディスカッションへ。震災直後からずっとこの町に住み込みで取材・発信を続けてきた朝日新聞記者の東野さんを交えた。まず彼は「今日は町外の人の方が多いみたいですが、皆さん、どういった関心で来られているのか、自己紹介を兼ねて教えてもらえませんか?」と、全員にマイクをまわす。そう。実はこの日の参加者の4分の3程は町外の方だったのではないか。長野から大槌町に復興支援で来ているNPOの方、気仙沼で活動をされている役場の方、関東や関西でまちづくりを学ぶ大学生、宮古市で活動されている方など。そこに数人、それもかなり地元ではアクティブな活動をしている元 町議会議員や、地元のNPOの方々。会場である安渡小学校体育館の周りにはたくさんの仮設住宅が建ち並んではいるが、そこからたまたま興味を持ってやってこられた参加者は一人もいなかった。今回の反省でもあり、そして改めて、よそ者から始まった取り組み、かつ「文化芸術」という切り口の取り組みに対する現状の反応を確認した。もちろん広報不足であったり、まだまだ初回だからなど色々理由は考えられるが、とにもかくにも、この「地元の人が来ない」という事実からも色んな議論を広げることができるだろう。  

 

 東野さんファシリテートのもと、議論の軸はまさにそこへと向かった。東野さん曰く「元々大槌町はよそものが少ないところ。そこに外部の人が入って新しいものを作っていこうとしているので、今こういう会合があってもなかなか町民の方が来ない。決して町の人たちのやる気がない訳ではなく、どういうことをすれば良いかわからないような状況が続いている」とのこと。しかし同時に「大槌で生活をするようになって、町民の方は本当にキャラクターが濃いということに気付いた。一番の資源は“人”。みんなで協力できるようになればすごい町になるんじゃないか」とも。その中で、先ほどの花井さんの事例も引き取りながら、ではよそ者がこの町でどのように振る舞うべきなのかという議論に立ち入った。議論であがった意見に合わせて、僕自身の考えも加筆すると、やはりこの震災をきっかけにUターンしてきた若い世代の方々(20代後半~40代くらいまで)の活躍が本当に鍵になると思う。彼らは元来、「土の人」ではあるが、「風の人」とのパイプも合わせ持っている。パイプだけでなく、「感覚」も。例えば、ひょっこりひょうたん塾としては、手前味噌になるが、事務局の元持幸子さんなどはその最たる例であり、彼女が震災前まで国際協力の仕事をしていた経験や感覚を、これからこの土地の復興に生かしていく上で、実に貴重な人材だと思う。また、おらが大槌夢広場 代表の阿部敬一さんの国内における支援ネットワークなども実に充実していると感じる。そういった方がいながら、その方々の親世代として真の「土の人」としてやってきた人々と、そして数年単位でやや「土の人」に突っこんだ形で「風の人」として生きていく、つまりその土地で何かしらの責任ある任務を引き受ける、まさに小布施町でいう花井さんのような存在が繋がっていき、新たなコミュニティが生まれていく。また東野さんの発言にもあった通り、これから高校を卒業して一旦大槌を離れて、そしてまた今後大槌に帰って活動をしようと考えている若い人の存在も、中長期的な復興(その後に開催された第二回の塾で、地元でロックフェスを立ち上げているStanding×Standingの岡野さん曰く「復興は終わらない。ずっと続いてく」)を考えていった時に、とっても貴重な人たちだ。  

 

 さて、 第一回の冒頭では、碇川町長から、そして最後には産業振興を担当する高橋副町長からもご挨拶をいただいた。この取り組みはまだ、町として正式な事業になった段階ではない。(その後、8月に新たに総合政策課が立ち上がり、正式に町の事業となった)にも関わらず町の復興を考えるひとつの対話の場として、この塾についての想いを話してくださったことに、改めて謝辞を述べたい。そしてもちろん花井さん、東野さん、佐々木さん、参加されたすべての方々へ。まずは決してすべてがうまく運んだ船出ではなかったかもしれないが、課題も明確に見え、もっと多くの人に「使ってもらえる」塾へと発展させていきたいと強く感じた。  

 

文:アサダワタル(ひょっこりひょうたん塾 監修担当・モデレーター)

 

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